伊藤元重が見る 経営の視点

第12回本格的な労働不足時代への対応を経営者は真剣に考えるべき

1.企業に求められる人材確保と人件費アップへの対応

 日本の雇用環境は急速に改善している。数年前の景気のボトムでは5.5%前後まで上がった失業率も、直近では3.6%にまで下がっている。一般的には完全雇用に対応する自然失業率は3・5%ぐらいだと言われているので、すでに日本経済は労働不足経済に突入していると言っても過言ではない。

 雇用のもう一つの重要な指標である有効求人倍率の動きでも、労働不足は顕著だ。これも前回の景気のボトムでは0・5を切るような低い水準であったが、直近では1・0を大きく上回るような動きである。特に建設土木のような人材不足が顕著な業種では、有効求人倍率は3・0というようなところもあるという。

 こうした労働環境の変化は、企業の経営を直撃している。人手の調達ができないで一部の店舗を閉めた牛丼チェーンすき家の動きはあまりにも有名であるが、これは他の外食産業や小売業でも似たような状況であると考えたほうがよい。ユニクロやIKEAがパート店員を正社員並みに扱う方向に方針転換したのも、人材確保ということと無関係であるとは思われない。

 建設業界の雇用も深刻なようだ。公共事業の入札が成立しないケースが増えているのは、人材不足と人件費アップの影響が大きい。ある造船所は労働者の多くが建設業界にとられてしまって、生産に大きな支障をきたしかねない状況であるという。

2.多くの企業が読み間違えた労働人口の急速な減少

 日本の団塊の世代も65歳前後になろうとしている。少子高齢化によって、これから日本の生産年齢人口は急速に縮小していくことが予想される。こうしたことはずっと前からわかっていたことである。労働不足になることが予想できたはずだ。

 それにもかかわらず、企業の現場では突然降ってきたような労働不足に大騒ぎしている。多くの企業が少子高齢化という大きな経済のトレンドを読み誤っていたということだろう。

 バブル崩壊後の20年、日本経済では深刻な経済低迷が続いた。景気がふるわないので、雇用への需要も弱かった。企業から見れば、安い人件費でいくらでも人が雇えるという状況が続いた。だから、低賃金の労働を潤沢に利用するビジネスが横行してきたのだ。

 ブラック企業とまでは言わないが、安い労働量を使い捨てにするような経営を続けてきた企業が多く見られた。そうした企業のほうが競争力も強いというような面さえあったのだ。しかし、こうした「労働過剰」状態が多くの企業にとって「労働不足」という日本経済の未来を読み誤らせた。

 労働不足で苦しむ企業は大変だろうが、日本経済にとってはこの労働不足こそ、産業の姿をより好ましいものにする絶好の機会でもある。経済産業省が「稼ぐ力」に関する研究会を開いているが、日本の企業の稼ぐ力を伸ばさない限り日本経済の復活はない。日本の企業の稼ぐ力は弱い。それは資本の収益率が非常に低いということと、労働の生産性が非常に低いということから来る。

 資本の収益率について今回は触れないとして、日本の労働の生産性が低いことは大問題である。国際競争力のあるグローバル企業でも企業内に多くの企業内失業を抱え、それが労働の生産性を抑えている。厳しい国際競争にさらされていないサービス産業は、総じて労働の生産性が諸外国よりも低い。

 労働の生産性を引き上げていかない限り、日本の稼ぐ力は強くなっていかない。そのためにもより効率的な労働の利用が求められ、そのための労働の再分配が求められる。労働不足こそ、そうした再分配を加速化する絶好の機会である。

 労働不足によって、今後、賃金は間違いなく上昇していく。高い賃金でも採算が合うようなビジネスしか生き残れないことになる。ITなどをフル活用したビジネスモデルの見直しや業務の再編が求められる。

 また、従業員を使い捨てにするような企業は、労働者から見捨てられるだろう。労働者の技能を高め、企業と労働者がともに豊かになるような雇用政策が求められるだろう。また、大都市部と地方でも、労働環境の変化の中身は大きく異なるだろう。地方都市では若年労働の確保がさらに困難になってくるかもしれない。若者を地元にどれだけ引きつけておけるのかということも大きな課題となる。これは個別企業だけでなく、地域全体の課題となるだろう。

3.労働不足への対応にマジックはない。4つの面から対応を考えよ

 企業経営とは、常に課題解決を求められるものである。日本全体が労働者不足になり、人件費が大幅にアップする環境にあるとすれば、それに的確に対応できた企業ほど、業績も向上していくはずだ。今後の企業経営にとって雇用政策と人件費管理こそが鍵になる。

 では具体的にどのような対応が必要となるのか。これに簡単に答えることは難しい。産業によって、そして業種によって違いはあるだろう。ただ、マクロレベルで論議されている雇用問題のテーマは、個別企業の雇用政策に通じる面が少なくない。

 第1に、女性の活用である。女性をどれだけ有効に活用できるのかということが、多くの企業にとっては有力な雇用政策の手段となるだろう。第2は高齢者の活用だ。技能や経験を積んだ高齢の人材は少なくない。この人たちの活用も必要だろう。

 第3は、若者の雇用の形だ。パートやアルバイトの形で使い捨てにするような雇用では通用しない。若者のスキルアップを可能にして雇用としてつなぎ止めていくような対応が求められる。第4は外国人労働だ。政府も外国人労働の活用の拡大を検討している。こうした制度を有効に活用することも労働不足に対応する手段となる。

 労働不足への対応にマジックはない。企業のビジネスのあり方そのものを、労働不足時代の現実に対応させて大幅に見直していく必要がある。手遅れとならないうちに、労働の本格的な不足時代に備える必要があるだろう。

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